関西の柔軟さとパワーは東南アジアに通じる?

2年間、神戸に単身赴任していたことがありました。ほんの3〜4年前のことです。

単身赴任は不便だし余計な出費もかかるものですが、場所が好きな神戸だったもので、隔週末には東京に戻ることにし、2年なら何とか我慢ができました。

仕事は京阪神の仕事すべてを統括するものだったのですが、やはり神戸にいることが多く、それなりに神戸の生活も堪能することができ、神戸を中心に関西圏に仕事上や私的にも友人・知人ができました。

東京では、関西人は誰でも吉本の芸人のような人ばかりだと思っている人もいるのですが、それはとんでもない誤解です。

たいへんに人情の機微を理解し気を遣い、場を盛り上げるために冗談を言い、そしてパワフルです。

このへんのことは、今さら私がここで書くことではありますまい。

私がここで記しておきたいことは、神戸の人とのあるもめ事とその始末のつけ方についてです。

関西流始末のつけ方?

ある金曜日の夕方、その人は、電話で頼みごとをしてきました。いつもたいへんにバイタリティーに溢れた元気な女性です。ただし、その頼みごとは、私にはどうしても引き受けられないことでしたので、丁重にお断りし続けたのですが、相手は次第に興奮してしまい、大変な剣幕で電話を「ガチャン!」と切ってしまいました。

弱ったなぁ、と思いながらも、じつは翌週の月曜日に、ある会議で彼女と同席することに私は気づきました。それも、席は決まって隣同士なのです。

東京だったら、あそこまで激昂して電話を切ってしまったら、次回会うときまでに何らかの手当をしないとどうにもお互いに居心地が悪いのですが、その時間がありません。

どうなるかなぁ、と気にしながらも、私は翌月曜日に会議場に向かいました。

彼女は、顔を合わせるなり、開口一番、「あら、この前、何やったかいなぁ?」とやんわりと、しかし、ちょっとバツが悪そうな表情で言いました。

もちろん、何だったか忘れているはずもないのですが、その「何やったかいなぁ?」で、私はいっぺんに緊張が緩んでしまいました。

あのタイミングといい、関西弁の柔らかい調子といい、とぼけ具合といい、東京人には決してできない芸当だと思いました。それからも彼女とは、それまでどおりの交流をさせていただいています。

関西流と東南アジア流には相通じるところがある?

それで、考えてみると、こうした、やんわりとした調子の人づきあいというのが他のアジアの国・地域、とくに東南アジアにも共通にあるような気がするのです。

あまりに堅苦しく、厳密に理論的に組み立てようとしても人間同士の関わり合いは上手くいかないことが多いのは、経験から誰しも知っていることでしょう。人と人とのつき合いは、緩いアソビや潤滑油の部分がないと成り立たない傾向があるのです。

血液型や出身地で、先入観に基づいて、どうこう言うのは、某政治家の例でも証明されているように、世間では、とくに、世界的には認められるはずもありません。ただ、経験的に主観を込めて言うことを許していただけるなら、上述の面では私のような東日本の人間より西日本の人たちのほうがはるかに能力が長けているように思えるいっぽう、それは、東南アジアの人たちにも共通な部分があると感じるのです。

よく言われるのは、タイ人の「タイ・スマイル」や「マイペンライ(気にしない)」の寛容さなどですが、タイに限らず、東南アジアには似た傾向を見ることができる気がするのです。

したがって、東南アジアの留学生は、仮に関西に留学すれば、比較的しっくりと馴染んでしまうのかなとも考えます。関西人のご意見も聞いてみたい気がします。

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