シンガポールのカレー騒動−多文化・多民族共生の難しさ


ことの発端は、去る8月8日のシンガポールの「トゥデイ」紙の記事でした。

シンガポールには「調停センター」という地域住民のトラブルを調停するボランティア機関があるのですが、そこに持ち込まれたケースが紹介されたのです。

記事によれば、中国からシンガポールに引っ越してきたばかりの家族が調停を申請しました。というのは、隣人のインド系シンガポール人がよく調理しているカレーのにおいに我慢ならないというのです。インド人家族は、その隣人の嫌悪の情を配慮して、調理するときは、いつでも、ドアや窓を閉め切っていたのですが、それでも十分ではありませんでした。

インド系家族が言うには、地域の調停センターのマーセリナ・ジャム調停人は、「もっとどうにかして下さらないかしらか? カレーを作らないことはできませんか? カレーを食べないことはできないのかしら?」と言ったとのことです。しかし、インド系家族は、抵抗しました。最後に、ジャム調停人は、隣の中国系家族が家にいないときだけ、カレーを調理するということにつき、インド系家族から合意を取り付けました。インド系家族は、引き換えに、隣人の中国系家族に、彼らの料理を提供するので試食してもらいたい、と要望したとのことです。*1

以上の調停の例が紹介されるや否や、シンガポール中に大論争が巻き起こり、マスメディアでもネットでも「カレー」についての論議が過熱気味となりました。

挙句、シンガポールでは、今日21日に皆でカレーを作ろうという呼びかけがFecebookであり、少なくとも6万人がカレーを作って食べるという動きになっています。現地では、今、いったいどんなことになっているのやら……。*2

シンガポールでは、来週末には大統領選があるというのに、この騒動に、先週16日の英「テレグラフ」紙では、「反中国人カレー戦争」などと揶揄しています。*3

インド系住民は8%未満と思われますが、14%のマレー系住民もカレーを食べますし、そうでなくとも、シンガポールの多くの住民はカレーをシンガポール国民食の一つと考えているとも思えますから、中国系かと思われる調停人の調停結果に大いに反発を感じたということかも知れません。

さて、この騒動にはシンガポールのような多文化・多民族国家の問題が象徴的に現れているような気がします。

嗅覚、味覚、視覚といったものは、生まれ育った環境によって大きく決定づけられ、原初的な体験として人間に刷り込まれがちです。そして、若いうちならともかく、それを大人になってから変えるのは、なかなか難しいことは誰しも経験することです。

さらに、この騒ぎの根底には、シンガポールの移民政策への不満がくすぶっているという見方も成り立ちます。労働力不足で海外から外国人労働者や移民を伝統的に受け入れてきたシンガポールでも、近年の海外からの安い労働力に職を奪われたり、あるいは、物価上昇をきたしたり、といったことへの漠然とした怒りが横たわっていることも事実でしょう。

国際教育交流に関わる者として、こうした動きについても常に注意深く、多角的に見ていければと考えます。

* 上の写真は、シンガポール、リトル・インディアのインド料理屋「バナナ・リーフ・アポロ」のフィッシュ・ヘッド・カレー

*1:Neighbours lack communication and increasingly intolerant: CMC Number of neighbour disputes hit high  Aug 08, 2011 Today  http://www.todayonline.com/Singapore/EDC110808-0000102/Number-of-neighbour-disputes-hit-high

*2:Cook and Share A Pot of Curry ! https://www.facebook.com/#!/event.php?eid=254441147918239

*3:Singapore's 'anti-Chinese curry war' 2011.08.16 The Telegraph http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/singapore/8704107/Singapores-anti-Chinese-curry-war.html